最近は『ホームスケイプ』ばかりしている。〜今週のお題「ゲームの思い出」

こんばんわ、ura_love_JPNです。本当はもう寝なければいけないし寝たいのに、なんかいろいろ調子がおかしくてゲームをしながら夜を過ごしており、それすらも行き詰まってしまい、睡魔の訪れを待っています。最近そんな投稿の仕方ばかりだし、できれば何も考えず眠れればいいのだけど、ついつい夜更かしどころではなく、明け方眠る生活をしてしまいます。

さて、そんな私にもってこいの『今週のお題』、ゲーム、ゲーム、ゲームです!

私自身ゲーマーではないのですが、ゲームは好きです。過去にもちょこちょこ記事を書いていたので、30代ライトゲーマーはぜひぜひ遊んでいってくださいw

 

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  さて上記の記事を読んで頂けばわかるように、自分ではゲームができないヘタレゲーマーな私ですが子供が生まれて落ち着いてからは子供が寝ている隣でケータイゲームに興じるのが楽しかったりもします。本当は映画を見たり本を読んだりしたい気持ちもあるのですが、耳も悪いのでヘッドフォンやイヤホンしながらテレビに向かうのは嫌だしw本を読むのも部屋を明るくしたいのでもし子どもが起きたら面倒臭い…と子どもが起き出してもすぐに放り出せるタブレットスマホカリカリしているのです。

 

では何をしているのか、といえば、『ホームスケイプ』というパズルゲームです。


ホームスケイプ (Homescapes) : あなたのおうちがパズル

 

『ホームスケイプ』は単純なパズルゲームで、ステージクリアするごとにポイントがもらえるので、そのポイントを使って廃墟に近くなった実家をリフォームしていく…という無料ゲームです。

 なぜハマっているのかの理由はは少し置いといて、他に戦争シミュレーション的なゲームや『シムシティ』もしばらく楽しんでいたのですが、レベルが上がって作業ゲーになったり、課金アピールになってくるとやはり付き合いきれなくなります。私は金も時間もないんだ!とゲームに数時間費やすこともある人間が何を言っているのか…と思いつつもきちんとしたゲーマーではないので『気楽に安く楽しめる』ことを最優先にしており、少しでも抵抗が出てきたらバッサリ切るようにしています。

スマホを入手した当初は面白がっていろいろゲームをダウンロードしたり、レベル上げに夢中になってましたが、あるとき時間の無駄だなぁとふと思い、存分に遊んだと感じたら即消すようにしています。その方が他のゲームにも集中できる、と思えばさくっと判断できます。

一方、『ホームスケイプ』の魅力はゲームバランスが私にぴったり、と言えばいいのか、変な話、ゲームが苦手な私でもクリアさせてもらえるのが魅力的です。パズルゲームって頭がよくないと進めないと思っていましたが、このゲーム、何かしらのゲームコントロールで気がなくてもクリアできるときが必ずあるんです。

同じピースを3個並べて消す、ピースの並べ方を工夫すると攻略しやすい爆弾的なアイテムが生まれる、というよくある落ちゲーなのですが、どんなにクリアできなくても爆弾的なアイテムが次々と生まれ、あっという間に攻略できることがものすごく多く、とにかく根気強く何度も当たればきちんと進めるのでついつい時間ができるとあって、ついつい取り組んでしまい、気がつけば現在、720面くらい…。

 いや、200面くらいのときにはキリがないからもうやめようかと思ったのですがゲーマーでない私でもできるパズルゲームって貴重だし、面白くないわけでもないしと気がつけば毎日コツコツ積み重ねてきてしまいました。本当に想定外ですが、このゲームについては無駄に時間をかけて頑張ってると思うw

あと、実はゲーム表記を英語にしてたりもして、ちょっとだけ罪悪感を減らしているというのも続けられる要素の一つでもあるはず。先に挙げた戦争シミュレーションやシムシティでも英語は使っていたんですが、ゲーム英語って独特だし、フツーの英語に飢えていたところ、家のリフォームという興味分野でゲームしながら、ちょっと英語のストーリーも読みながら…と自分のニーズにぴったりフィットしたようで。なかなか英語で家のリフォームについてのあれこれを体験できる、しかも無料ではないと思うし。(まあ、リフォームサイトでも読みゃいいけど、ゲームもしたいのだよ。)

そして最初にも伝えたように無料。課金の依頼は入るけど、ゲームを進めれば入手できるアイテムだし、課金しないと不利になることは全くないし、そもそも使わなくてもそのうち攻略できるのでストレスフリーで楽しい。逆に課金重装備で無理難題に挑みたいゲーマーには絶対オススメできないある意味ひどいゲームです。(そしてどれだけのステージクリアしなきゃいかんのか調べたら1200面くらいあるらしいぞ、これ。。)

そんなわけで時間はかけてもストレスフリーでゲームと付き合いたいライトゲーマーにはとにかくオススメの一作です。サクサク進むわけでもないけど、私には本当にちょうどいい。

ちなみにこのゲームは大丈夫だったのですが、スマホなどでゲームをする場合、腱鞘炎にはくれぐれも注意を。私は3DSで産前はまっていた下のゲームが産後やりたくなったもののソフトがどこにも見つからず、スマホでダウンロードしてこそこそやっていたら、親指がしびれ、手首の痛みが出てしまったので自粛した経験があります。そういうこともあるので、ゲームの選択と、やりすぎにはくれぐれも注意してくださいね。※ああ、シヴィ、やっぱりやりたい。。

シヴィライゼーション レボリューション (「戦略ガイドブック」同梱)

そんなわけで、眠気がいよいよやってきたのでそろそろ寝ます。他の方のゲーム投稿も楽しみにしています!(私の好きなゲームたちも出るかなぁそして私もまた他にも書いてみようかなぁ。wktk)ひとまずおやすみなさいー

トップブログに触発され日本の宗教やムラ社会を語る

http://www.from-estonia-with-love.net/entry/educationjapan

 

子どもと寝落ちして2時起きしてしまったので、夜遊びを楽しんでます。そろそろ寝ようと思ったのに、冒頭のブログ見つけて、勝手に乗っかりますw(無断で引用なので果たして大丈夫かわからない。問題があったらすぐに消すからごめんなさい。)

 

ブックマークで書こうとしたんだけど、長すぎて書けなかったので、自分のとこで書きます!ちなみにスマホで長文だからわかりにくくなるかも。

 

記事を読んで、面白かった。授業でウケるには過激なほうがよいよね、と。私も遊学で海外に少しだけ滞在して大学に少しだけ遊びに行ってたことがあったからなんとなく授業の雰囲気はわかる。…真面目に勉強してる人にはわかるなんて言ってほしくないだろうけど、でもわかる部分もあるのは理解してもらえるはず。

 

海外で学ぶと日本の宗教については結構確認される。日本では宗教の話はタブー視されることがなんだかんだあるけど、海外に出ると意識させられることはものすごく多い。そして自分の宗教を振り返る。

 

中学のときだったか、大学の英語の教科書だったかに「日本の宗教…仏教、儒教神道」と並んでいた。信仰者のパーセンテージの高い順に、アメリカやインドネシアなど各国の比較と共に掲載されているということだったがただ、(本当にそうなの?)となんとなくしっくりこなくて。

 

他の国からも有名なくらい、京都にはお寺が並んでいるし、だから日本は仏教なんでしょう?とスウェーデン人英語教師に聞かれた。そう聞かれて、私はあれは過去の遺物だ、と答えた。

  実家には仏壇があるけど、自分の家の宗派がどこか知ったのは18歳くらい、父方のじいちゃんが死んだときだ。母方の実家は別の宗派だったのも20歳すぎてお経が違うので気づいた。ただ、最近の住宅事情を鑑みても各家から仏壇がなくなっているのは和室がなくなってることからもわかるし、初詣に神社に行ってお参りするし、結婚式はこだわりのキリスト教教会で私はやってみたw遊学したときは教会で礼拝に参列するのが好きだった。個人的に自分の信仰はキリスト教が近いのかもしれない。

 

そんな中思い出すのは「八百神」。神道の考えだ。万物に精霊が宿り、神様に囲まれているんだよ、と。

それこそ昔流行った『トイレの神様』も理解できる。だからトイレに神様がいることも腹に落ちるし、草木や猫に魂が宿るのも神様、仏様、アラーの神も七福神バモイドオキ神もオッコト主様も受け入れられるwだって八百もの神様がいるんだもん。

 

もちろん様々な神を信じられることはすなわちどの神様についてそれぞれ深く掘り下げて学んでいないことかもしれない。

 

私が遊学時にお世話になった国際結婚されて海外で当時小学生の子どもを育てられた方は『日本では宗教を学ぶことはあまりないけど、こちらでは宗教を語れないなんてありえないから、難しい選択だったけど、宗教校に入れて学ばせてる』と言っていた。

 

日本人だから『宗教なんかどうでもよい』と考えることが多いけど、世界からみればその考え方は異質で、異端だ。それでも個人的に世界の戦争の多くは宗教が絡んでいると考えるため、一神教より日本の『八百神』の考えはベターだと感じる。

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一方、教育の場で、社会においては『個性を殺す』ことが求められてるのは確か。だって、教える方の都合として、やりやすいじゃん。親にしても長時間座って学んでくれるほうが助かるw 

子どもが大人しく、子どもも友だち100人できて楽しい、会社も将来の工員が優秀で嬉しい、国も工員が税金たくさん納めてくれて嬉しい、でみんな受け入れて回ってたのが多分『個人』て概念で崩壊したんだよ。だからみんな苦しんでるwこんなはずじゃなかったのにー、と。

なんでそんなに苦しむのかといえば日本のキーワードとして『ムラ社会』がある。

ムラ社会』って日本の社会を端的に表すいい言葉。一方でこれは本当に外国で説明するのは難しい。『ムラ社会』ってなんで発生したのかわかる人いる?なんで閉鎖的であることがグローバル化した現代まで続いているの?私はよくわからない。

政治的な抑圧?連帯責任?村八分?んー。『みんなでちゃんと年貢納めないと領主から罰せられる』…って考えてみればいつからあるんだろう。でも他国でも領主が変わるとか国王が暗殺されて危機に陥るとかあったはずなのに、なんで日本だけ特別『ムラ』が残った?儒教の【年輩者を敬う】意識がまだ続いているのかな。

 

【まあ、とにかくw】で実は初投稿は終わらせたけど、考えてみれば、『八百神を受け入れる』日本の神道信仰が、ムラを受け入れてるのかも。

例えば、先輩・後輩の概念って非常に強調されて、先輩に力がなくてもそれをサポートするのがよし、とされることは多々ある。年輩者は年輩というだけで敬う対象になるし、今でもお年寄りは敬う対象…という盲目的な意識が共有されている。年輩者当人もそれを信じており、若輩者はそれに従ってしまう。優先席も、優先席だからという理由で座らない人がいたり、年輩者に譲る『カタチ』に捕らわれ、『カラダの不自由な方に席を譲る本質』が見受けられない。なら、私はやめたらいいと思う。敬う対象は自分で決めたい。

…ってなかなか言えないのが『ムラ社会』か?んー。結局、今のトレンドもそうだけど、本音を話さないことが美徳とされるみたいで、家や親友にしか重い本音を語らないのがいいみたいで。結局出る杭を全国で打ち続けて個性を殺すことに注力してきて自分で考えず、集団を揃えることに執着した結果なのかもしれない。

 

世界を見て、世界に過ごすのも大事だし、そこから日本を振り返るのもものすごく学びがある。私もまた海外どっか遊びに行きたい。子どものトイトレ完了させて、しばらく時間潰せるようになったらいっぱい行きたい。エストニアにも実は行きたい。ていうか北欧ならロシアまた行きたい。ワールドカップには興味ないけどwワールドカップを機に日本人がロシアに行くのは嬉しいな。ロシアは日本人にほとんどすれ違わなくて、すごく驚いた。エルミタージュとか本当に素晴らしいのに。もっと金と時間と余裕が欲しい。また私も学生に戻りたいなぁ。

そんなわけで。

初投稿6月30日から若干改変しましたw少しは伝わりやすくなっているといいな。

 

過去ログ開帳〜2012年ブータン旅行『アマンコラ』宿泊体験記

 過去ログ開帳第3弾です。いろいろ思うところはあるのですが、とりあえず載せちゃう!過去ログはこれでおしまいですが、書いていないことがたくさんあるので、次回は新記事として体験をもう少し書こう、と思いつつ、いつになるかはわからない。。(いつものパターンね。。)以下に先の記事も貼って、準備万端送り出しますw

 

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 ブータンには超高級リゾートホテルがあります。その名も『アマン・コラ』。

  どのくらい高級かといえば、

-1泊約15万/2名と非常に値段が高い  

ブータンの公務員の月給は約2万、ここから考えると破格の設定。ただ、実はこの約15万はブータン国外から利用する場合で、ブータン国民の利用の場合、もっと安いらしい。

-立地はブータンにおける名勝地・重要文化財内あるいは隣接地帯。

-王族の利用が多い?!

 3つめの理由については噂レベルですが、立地についても、例えばオグロヅルで有名なポプジカに位置する『アマンコラ・ガンテ』についてはガンテ・ゴンパという国を代表する寺院を見降ろすロケーションに位置するなど、(日本で言うなら、伊勢神宮を見降ろすようにホテルを建設するみたいなレベル)いろんな意味ですごいリゾートで、しかもすべての立地がそのような立地に立っているので、王族が許可を与えて、頻繁に利用するというのはふつーにありそうな話だよね、と感じています。
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 当然ながら人生でそんな高級リゾートなんか行ったこともないのですが、同行者の熱烈リクエストで清水の舞台から飛び降りるような気持ちで宿泊しました。
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 今回宿泊したのは国際空港のある町・パロのアマンコラでした。ブータンらしい山道をドライブしていくとこんな感じで入口があります。なお、車はこの道の先に駐車場があるらしく、ガイドたちとはここでお別れ・待ち合わせとなります。
 林の中をしばらく歩くと、お迎えのキラを身にまとった女性が温かいおしぼりをもって、出迎え。林の中のどこかにセンサーがあるのか?というくらいにタイミングをはかったかのようなタイミング。
 そこからさらに進むとひらけた場所に石造りの建物群。そこで責任者の女性が登場し、白いスカーフとあいさつ、これからどのように過ごすかをロビーで確認しました。敷地内にアップダウンもあるけど、階段もこんな感じで重厚な感じ。
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 食事はこんな感じです。  ちなみに日本語メニューをくれました。
 アマンコラは三食食事つきで、ロビーなどでのフリードリンクや軽食(チリソース付きのモモが出ました)も含めての価格設定となっています。なお、そういう場合ワインなどのアルコールは別料金の場合が多いですが、ハウスワインであれば追加料金はかからなかった気がします。
 また、基本はチェックインの日は夜、翌日朝、昼食が提供されるわけですが、最終日にハレのホテル滞在を持ってきたため、飛行機の都合上昼まで滞在できず、交渉してチェックインの日に昼ごはんをサーブしてもらいました。(このあたりは特段問題はなしです。)
 それまで一週間ずっとブータン的な食事だったため、(先日に日記に書いたタージ・タシもよくも悪くもブータンご飯だったため)写真の料理が出てきたときは衝撃でした。よもやブータンでこんな本格的な「洋食」にありつけるなんて本当に思ってもみなかったのでそのギャップにやられました。
 思わぬ衝撃に近くにいた女性スタッフにシェフがどこの国の人か思わず聞いてしまいましたが、お姉さんはすみません聞いたことないので聞いてみますと厨房まで聞きにいってくれました。
 アメリカ人でした!  ブータンアメリカ人はおいしいご飯を作ってくれてます!! 
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 部屋はコテージタイプで、トランクルームはせまいですが、基本バリアフリー。段差がありません。天井が高く、窓も高く、バスタブが部屋の中央にあります。ベッドルームと直通でバスルームが見えます。新婚さんなんかだと全部とっぱらうかもわかりませんが、私たちの部屋にはついたてを準備してくれていました。  バスタブの前にも2m以上の窓。プライバシーが心配じゃない?と思われる方もいらっしゃいますが、それは高低差を利用して外からは見えないようになっているため、夜もまったく問題はありません。(というか、基本的にここに泊まるような人は部屋から外に出ないようで本当にスタッフ以外の人間とは食堂やロビー以外会いませんでした。)また、シャワールームは別にあり、(バスタブは本当にバスタブだけ)そこは天井から直シャワーが出てきます。ちなみに先に出た写真レベルの石張りの空間です。超かっこいいです。    そして、夕食の間にベッドメイキングをしてくれて、かつ小さなプレゼントも置いてくれるのがこのリゾートの特徴です。私たちにはカルマ・ウラ著ブータンの歴史書をくれました。(まだ読んでいません。)
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 ざくっとこんな感じです。雰囲気は伝わったでしょうか。
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 ここまで読んでもらって、さぞや楽しかったことでしょうという感想をおもちかもしれませんが、泊まりたくて泊まったわりに私たちは実はこのリゾート、あまり楽しめませんでした。
 このリゾートはブータンにあることを売りにして、『アマンコラ(=聖地)』という名前をつけていることもあり、チェックインの際に、白いスカーフ(カタという名前のシルクの布)を撒いてくれたり、チェックアウトの際にお坊さんが私たちだけのためにお祈りをしてくれたり、他の国ではないかもしれないちょっと異国情緒のあるもてなしをしてくれます。
    ただ、ブータンでの暮らしの100%をここで過ごすならそれは非常に異国的なおもてなしだと思いますが、1週間近くブータンを走って見て回ってきた私たちには「異国情緒」が逆に少ーし鼻についたのです。

   日本における旅館などではおかみのもてなしは(形式化しているとはいえ)一般的ですし、夕食時のベッドメイキング、小さいプレゼント、そのほかの対応等々正直日本のホテルとかわらないれべるでした。しかし、そのおもてなしが強すぎて、じゃあむしろ日本のほうがいいんじゃない?と思い始めてしまったからです。
 ブータンまで行って何を贅沢なことをという意見はごもっともですし、ブータンにここまで先進国的な宿泊施設ができたことは非常に評価すべきことですが、せっかくブータンまで行ったのだから、もっと安くてもブータンの町や村の雰囲気の感じられるホテルで最後の一泊をそれこそぶらぶらしながら歩いたほうが楽しかったかもしれないよね、というのが私たちの率直な意見でした。人工的なブータンよりもそちらのほうが当然生のブータンですし、私たちが本当にほしかったのはそちらだったと後になって気がついたのです。
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 まとめとしては、リアルブータンを楽しみたいのであれば、アマンコラは絶対に選んではいけないし、ブータンに長くいて疲れ果ててしまったら、アマンコラは相当価値がある選択にはなるんだろうな、ということです。
 そんなわけでー。

過去ログ開帳〜2012年ブータン旅行【国王と同じホテルの釜の飯を食すw】

 間が空いてしまいましたが、過去旅行記第2弾です。写真とか移動できないだろうと考えていたら、きちんと貼り付けされていて、デジタル疎い私はよくわからないのですが、助かった。前回に続き、今回も2記事まとめたので長いです。変なところあるかも。(それはいつものこと) よければ前回記事からまた楽しんでください。

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ブータン旅行はこんな工程でいきました。
1.バンコク

2.バンコク~パロ~ティンプー

3.ティンプー~プナカ~トンサ

4.トンサ~ブムタン

5.ブムタン~(ロベサ*チミ・ラカン)~ティンプー

6.ティンプー~タクツァン僧院~パロ

7.パロ~チェレ・ラ~パロ

8.パロ~バンコク
 ブータンの道路は基本的には舗装されていません。環境保護の政策をとっているため、道路を舗装してそこに住む生き物たちを追い出すようなことをしないということらしいです。また、道路がやたら曲がりくねっているのも車がスピードを出さないようにするためとのこと。
…ですが、舗装されていないがゆえに雨季には道が流されたり、土砂崩れで通行止めになることが多いとの噂も聞いており、同時に非常に酔いやすいとのことで、酔い止め薬もたくさん持って、覚悟していきました。ただ、ツイていたのかドライバーが凄腕だったのか酔いも少なく(全く酔わなかったとはいいません)、目的地まで着くのが早かったです。
 そんな感じでうまくいきましたが、ブムタンに向かう道中については土砂崩れではなく、工事渋滞にはまりました。    日本人から見ると何これという工事状態ですがブータンにおいては岩などを採掘するために工事業者が道をふさいで作業を行うことは日常の景色だそうです。(ガイドに日本では道路をふさぐ場合は国に申告して、あらかじめみんなに知らせる義務があるんだよと伝えたら驚いていました。)トラック一台に土砂を積み込み終えるまで約1時間弱ひたすら通れません。これが2度ありました。。  ちなみにブータンのトラックはなぜかこんなのばっかり。 なんで?と聞いたら、「流行りです」って…。説明になってるのかいないのか。
  トラックはインド・タタ製、乗用車は韓国・ヒュンダイ製のものが多かったです。トヨタについては、「非常に高価なうえ、故障したときの対応にも時間がかかるので、本当にお金持ちの人しか乗らない」との評。しかし、直接お会いできたわけではないですが、ブータン国王様が乗られている『Bhutan』ナンバーのお車は拝見でき、それはまごうことなきトヨタ車でした。

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   ブータンの首都ティンプーに5つ星ホテルがあります。その名も『タージ・タシ』、名前から推測できるようにインド系のホテルです。
  私自身、このホテルについてはインド系だし、公定料金にかなり追加しなければ泊まれないということで泊まりませんでしたが、友人お勧めの夕飯を食べようとした店が閉まっており、カードか何かで別に払っていただくことに問題なければ豪華なところでも選べますよというガイドの言葉に誘われ、タージ・タシで食べてみたいとリクエストを出しました。
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  で。タージ・タシのエントランスに車をいれたら、正面の車寄せのところにやたらいいトヨタ車(ランドローバー?っていうの?ちょっと大型車)と、やたらガタイの良い男性が車のそばでお話されていて、ナンバーを確認すると『Bhutan』とのみ。。
一緒にいた友人は「国王の気がする…」と不穏なことを言い出しました。ちょっと待って、私たちはまたご飯にありつけないの?と思いながら、すたすたホテルにはいる友人を追い、私も中に。 
 友人は以前にもタージ・タシで食事をしたことがあり、大体どこに何があるか把握していたようなので、ロビーに入ってそのまま左方向に向かうと、その先に大きな扉。日本と同じような洋装の女性がそばに立っており、立て看板だったのかなんかに"WORLD BANK CONFERENCE(世界銀行会議)"の文字が見えました。
(…私自身、当然のことながら日本で天皇陛下にお目にかかったこともなく、あの国王様がこのホテルにいらっしゃるという言葉やエントランスをはいったあたりから舞い上がっていて記憶が正直相当あやふやです。)
 友人はそんなパニックになった私を放置し、扉の外に待っている女性と会話をはじめ、2、3言話して、再びロビーに向かいました。
 そして、ロビーのレセプションで友人が話をして、そのままエントランスから向かって正面の吹き抜けのレストランと思われる空間に案内されました。
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 席について、なになに?どういうことなの?と聞くと、こういうことらしいです。
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  タージ・タシにはレストランが2つある。エントランス左方向に1つレストランがあって、そこがおいしいが、そこは今晩はやはり、国王様たちが会議で使っている。
 今、座っている正面の吹き抜け空間にあるレストランは本来は違うレストランだけど、今日はこちらのレストランで今国王様たちが食べているレストランのコースも食べられるということで、そちらのメニューを持ってきてもらうことにしたとのこと。
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 コースは3コースあり、日本でいう松・竹・梅。ちょうど私たちは3人だったので(ガイドさんと運転手さんは別のところで食べてきてもらうように打ち合わせ済み)、まあ、とりあえず全部頼んでおこうかみたいなノリで、オーダーしました。
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 出てきた食事はこんな感じでした。
◆ホテルベイクらしい焼き立てパン
◆前菜  …レタスとトマトのサラダ+きのこのマリネ、   チベット風餃子・「野菜のモモ」、「野菜と肉のモモ」  (順番にランクアップ)
◆スープ…川海苔のスープと何か一つからチョイス     (三人とも川海苔リクエスト)
◆メイン  …ブータンスタイルでシェアするという話をしたため、まずは大皿にいっぱいのご飯を取り分けてもらい、そのあと7種類くらいのおかずが登場。
 全部ウエイトレスさんがサーブしてくれたが、一周終わったあとに、「あとは自分たちでサーブするから、置いておいてください」とお願いしてテーブルにならべてもらいました。
 内容として、印象に残っているものは、鶏ミンチのハーブ炒めとか、ジャガイモと牛肉とこんにゃく?の塩+何かしょうゆっぽい味付けの肉じゃがみたいなの、いんげんのチーズ煮込みとか。牛肉のがっつりした煮物など他のレストランで見られるメニューもありました。ただ、他と違うのはそれぞれの味がすごく品がよかった。辛さも脂っこさも控えめにして外国人にも食べやすい味でした。
◆デザート  自家製アイスクリームとクッキーがこんもり。紅茶もいただきました。
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 費用についてはカードで払いました。ブータンでは見なかった金額だなーさすが5つ星と思いながら、日本に帰ってきて支払い金額を確かめたら、日本円で10,000円強…
 3人で食べきれないほど食べたのに、何この日本では居酒屋で食べました的な金額と思いながら、明細を見つめました。
 日本と価値が本当に違うんですね。公定料金制で食事代については基本的にガイドさんにおまかせしていたので、全然価値がわかっていなかったというお話。
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 食事を終えて、外に出ると、ガイドさんと運転手さんが「国王様を見かけました、こんなところで!」と喜んで駆け寄ってきてくれました。こんなところで!という言葉で仕事を(私ら)を差し置いて喜んでもらって困るよと思いながら、ちょっとそれはそれでお世話になった二人に得した気分にもらったしよかったです。

 

  2018年追記。当時は意味がわかっていなかったのですが、タイトルにもつけたとおり、言葉とおり国王様と同じ釜の飯を食ってたんですね!ひゃあ。←今回自分の投稿を読み直して理解したwいや、また後日振り返りも書こうと思うけど、言い訳すると多分当時高山病だったんだと思うんだ、最終日とかやたらよく寝てたし。よし、ではこれからまた少し寝ます!おyすみ!

過去ログ開帳〜2012年ブータン旅行準備編


  おはようございます、ura_love_JPNです。会社の同僚がアメリカに旅行に行った話を聞き、旅心をくすぐられてしまいましたが、2歳半の子育てに勤しむ身としてはそう簡単に旅行するわけにもいかないため、思い出に浸ることにしましたw

  ここしばらくブータンのことを取り上げるテレビ番組も減ってしまい、本当にブームにのった時期の旅でした。ただ、私が訪問したときは首都・ティンプーが急速に拡大するタイミングだったようで、とにかく至る所で高層建築が始まっていたことを考えると辛うじて昔の面影が残り、現代化されていない都市の風景を楽しめた最後のタイミングだったかもしれないなと。もちろん田舎に行けば昔ながらの景色は見れるでしょうが、それはどこの国も同じで、首都が洗練されていないのが魅力的でした。

   そんなわけで以下が2012年当時のブログです。当時投稿した一本目がやたら短かったので2本目と合わせました。リンク切れ等確認してません、過去ログ貼り付けただけで本なども表示があるかわかりませんが、後日修正します←ほんとかよ。。

  まもなく会社に着くのでまずは投稿しますwそれではまたそのうちww


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 この7月にブータンに旅行に行ってきました。 

  ブータンはGNH指標を持ち、幸福大国として有名になっているが、たまたま縁があり、訪問してきたわけです。

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  ブータンは約4万K平米の国土に70万人の国民が暮らしている小さな国です。九州の面積に島根県の全住民が暮らしていると考えるとイメージしやすいという話をよく聞きますが、なかなか広々としたところに暮らすイメージですよね。実際そうでした。なお、国民がつく主な職業は農業です。工業は国として環境保護重視の政策がとられているため、あまりメインではなく、経済的には貧困国の一つとして数えられているため、国内産業については基本的にはもっと振興しなくては…というのが大方のスタンスです。 

  ブータンの国教はチベット仏教。地理的には中国とインドの強大な二国に挟まれている小さな国です。隣国ネパールには国内のお坊様が留学に行く制度なんかもあるようです。なお、チベット仏教を信仰していることもあり、中国にはやはり危機意識を持っています。一方のインドとはむしろ結びつきを強く保っていますが、現在ブータン国内では急激な近代化に伴うバブル状態にある中で、人口の一割近くにもなるインド人労働者が非常に多く国内にいたり、国内通貨BTN(ブータンニュルタム)に対してブータン政府が準備していたインドルピーが枯渇して、同価値としていたインドルピーが高騰してしまいかけている問題もあったりとなかなか難しい状況が起こっているようです。 

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  ブータンへの旅行は、GNHトラベル社さんで行ってきました。http://gnhtravel.com/ 


  なんだよ、宣伝かよと突っ込まれる人もいるかと思いますが、まさしく宣伝です。個人的に使えなかった場合には宣伝する義理はありませんが宣伝したくなる会社でした。

  決めるまでにいろんな情報をもとに国内2、3社見積をとって、これはもうどんな値段をつけてるの?という会社もありました。大手になればなるほど高くなるのは当たり前の話で、ここは小さい会社でしたが、非常にフットワークが軽く、費用も良心的でした。またいろいろな縁もあり、この会社の社長がブータンにおける日本人コミュニティで大きな役割を果たしていることもわかり、信頼できる会社ということで紹介させていただきました。 (この会社のブログ・twitterブータンへの旅ごころをくすぐる非常に有益なものでした。) 

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 ブータンについての本でおすすめなのを紹介しますーという話をしましたが、基本的にこのブログを見ているかたについてはブログについても抵抗がないのよね、と思いなおしたので、まずはブログについてご紹介。


   『空の近く。こころ高く。-ブータンてきとう日記』 http://d.hatena.ne.jp/Bhutan_Tamako/ 


『Appreciate Happiness ブータン・ブログ』 http://thanks2happiness.blog.fc2.com/  <<  


 上記にあげた二件のブログは初代ブータン首フェロー・御手洗瑞子さんと、二代目ブータン首相フェロー・高橋孝郎さんのブログです。 


  お二方とも日本人ながら、ブータンで「公務員」をされていたので、「ブータンで公務員として働く」ことについての記事も多く、未来に向けてブータン政府がどのようなことを考えているのか、それに対してブータンの公務員たちがどのように考えているのか、あるいはブータンにおける日常生活関係の記事や風俗などについても非常に興味深い記事が掲載されています。お二方とも一年の期間での公務だったため、現在はブータンにいらっしゃいませんが、特に高橋さんについてはこの8月まではブータンに住んでいらっしゃったので、非常に情報が新しく、ブータン旅行に行く前に読み込みをして現地ガイドと話をしたら、ブータンに詳しいですね、とやたらにほめられましたw 

 なお、御手洗さんの著作『ブータン、これでいいのだ』はブログの内容に加筆した感じで出版されているので、もう少し詳しく読みたいなという方は、書籍を選ぶとよいかと思います。  

ブータン、これでいいのだ

ブータン、これでいいのだ

 


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  さて、ここからは私のお勧めするブータン本について、最近やたら出版されていますが、お勧めしたいのは以下。 

 

ブータンに魅せられて (岩波新書)

ブータンに魅せられて (岩波新書)

 


  著者・今枝由郎氏のブータンに滞在した経験について書かれた本ですが、非常にブータンに対する『あこがれ』が伝わる読み物です。決して作り話ではなく、しかし、決してがちがちの説明本でもなく、著者からみた当時のブータンが鮮やかに描かれていて、非常に読みやすいです。 

  著者が訪問した際にブータンは半鎖国状態にあり、公的なガイドと高級車での移動がつき、国賓待遇だったけど自分で押し掛けたような招かれざる客だったため、居心地が悪かった…という話がありましたが、もちろんこのころと今では状況が大きく異なりますが、これは実は今のブータンが国家が認定したガイドとドライバーをつけ、食事と宿泊をつけて旅行者を国賓として扱い、ハイコスト・ローボリュームをターゲットに観光を提供しようとしていることにつながるんじゃないかと思われる歴史が描かれていて、ブータンの変遷に思いをはせることができる本です。

  また描かれている世界が日本とブータンだけでなく、フランスでブータンの恩師に出会い、インドでアメリカ人の友人宅でビザ待ちを続けるなど、ワールドワイドな世界観でこれまたわくわくする。ブータンに縁のある人って、本当に国や世代を超えて「呼ばれる」ことが多いので、ブータンにつながってるなーと思ったら一度ブータンに訪問してみるといいと思います。  

 また、ブータンといえば仏教に興味があるという方にはこちらの本もお勧めです。同じく今枝由郎氏の著作で興味深く読みました。


 

ブータン仏教から見た日本仏教    NHKブックス

ブータン仏教から見た日本仏教 NHKブックス

  


ブータンに魅せられて』からさらに深く掘り下げたという印象のこの本についてはブータン仏教を通じて、日本仏教を考えることができる本です。日本の仏教ってなんなのよ?と憤っていた私にとってはすかっとする本でした。

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さて、次。 


 

未来国家ブータン

未来国家ブータン

 


 ブータン教養本という趣の本です。雪男探索をテーマにブータン入りした著者がブータンについて酔っ払いながらあれこれ考え旅をする…というのが概要?なんだそりゃ…という突っ込みはもっとも(私は最初聞いた時そう思いました)ですが、ブータンの小学校の授業で取り上げられる日本人ダショー西岡や、その先生の中尾佐助についても触れていたり、生物の多様性や高山文化についても取り上げてみたり、伝統文化についての見識やそのほかの辺境地と呼ばれる国々ついてなど、非常に懐が広いです。最近連発されているブータン関連本の中では群を抜いて読み物として完成しているので、ぜひ一読いただきたい本です。(ちなみに私は帰ってから読みました。図書館で予約すると結構待たされます。人気本のようです。)   

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 最後に紹介するのは当然これ。   

D31 地球の歩き方 ブータン 2012~2013

D31 地球の歩き方 ブータン 2012~2013

 

  

 これがやはり基本的な知識を得るためには一番役に立ちます。特にp.32の【ブータン道路網】をどれだけ見返したことでしょうか。公定料金でドライバーとガイドがつくし、ブータンに二度も三度も行く機会はないんじゃないかと考えたときに、どうしても自分でプランニングして、見たいところ見なくてもいいところを判断する必要がありました。その際に大いに役立ちました。なんだかんだでそれ以上のところを見て回ることはでき、非常に面白い旅を作れましたが、すべてこの一冊がなければできなかったことです。ありがとう、地球の歩き方よ…という感じです。 


そのほかにも面白いブータン本はいろいろあるかと思いますし、私も読んでいない本はまだまだありますが、例えば中国やアメリカなどに比べてやはり小さい国なのでブータンに関する著作は少なく、また意外と一辺倒なものになりやすいです。そんな中で「著者が自分たちの専門分野から見たブータン本」がやっぱり読んでいて面白いよねと感じるのです。 


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  あくまで私の主観で選ぶブータン本だったので、この本もお勧めだったよーというものがあれば、ぜひコメントいただき、追加していっていただければ面白いだろうなーと思ったりもします。 

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 そんなわけでー。

 

30年前、小学生で『モヤモヤ病』だった私【入院〜手術〜その後】

  こんばんわ、ura_love_JPNです。前回から難病指定の『モヤモヤ病』について30年前の私の経験談を書いており、今回、その続きです。もう30年も経っており、当時の資料も残っていない中、信憑性もない本当の雑感ですが、まあ、見知らぬどこかの誰かには需要があるかもしれないので、ネット上に残しておこうと思います。

 とりあえず、前回はこれ。そして今回、この投稿でモヤモヤ病はおしまい。ちなみに手術や手術後の話も思いつくまま書くので、多少のグロやスプラッタ系表現もあるかもしれないので耐性ない方はご注意ください。

 

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   大病院で『モヤモヤ病』の診断を受けてから、あれよあれよと入院が決まり、検査入院は楽しく過ごしていました。

  小児科での入院を楽しみにしていたら脳神経外科の大人たちの大部屋で過ごすことになり少しがっかりもしました。(実は最近知人の子どもの見舞いで私が当時入院した病院に行く機会があったのですが、今その病院では小児科の病室も病気で区分されるようになったようで名前のあとに【脳外科】などの表記が見られたため、今なら小児科に入院できたんだろうなと←不謹慎ながらやはり羨ましい)

  子どもがいない見込みの脳外科病棟でしたが、当時脳腫瘍の男の子が入院していてゲームボーイのソフトを交換したことは一、二度ありました。が、やはりもうそこは男の子、女の子で付き合いにくくなる年頃だったこともあり、同じ病室の人たちと過ごす方が楽しかったです。脳外科の患者さんなのでみな結構大変な状態だった→ある方は額に真四角の傷跡があったり、ある方は言葉が少し不明瞭だったりしたわけですが、松葉杖をついたり、車椅子で屋上までみなで散歩に出て話をしたこともありました。日中に病室のカーテンが閉められることはなく、いつも誰かがおしゃべりをする明るい部屋でした。

  入院は、確かに検査は多かったですが、入院してまで毎日検査があったかといえばそんなに毎日検査はしていなかったような。ヨード液のようなドス赤黒い苦い液体薬を途中から毎朝飲む必要があり、ピクニック・フルーツ牛乳と混ぜてその苦さの配合バランスに一喜一憂しながら飲んでいたのは覚えてるけど、今となっては何の薬だったか。。

  そんな中、唯一覚えているのは【血管造影検査】!これはキツかった。

  脚の付け根から造影剤を注射で入れて、時間にして1時間半とか2時間くらいかけて脳の血管の写真を撮られる…というものだったはずですが、撮影のときに造影剤が発熱するのか、撮影されてるだろう部位だけが焼けるように熱い。後に親にした説明としては、首をちょん切られ、頭を半分に割られ、その片側だけ火にかけられた感じだよ、と。それが頭のいろいろな部位で延々と続くので辛いのなんの。でも、麻酔もかかってたのか、体が固定されていたのか動くこともできず地獄のようで、途中で疲れ果てて寝たのか意識を失ったのか、気がついたら技師さんから終わりの声がかかりました。基本的に親の宿泊はなかった中、その日だけは父親が宿泊してくれたのですが、夜に(医者の事前予告通り)ひたすら腰や背中が痛くなり、さすってもらったのを覚えています。

  その悪夢のような血管造影検査で病巣がわかったので手術が決まりました。手術が決まってからだと思いますが、頭を丸刈りにしました。手術部位だけ髪を剃る…という選択肢もあったようですが、中途半端に髪が残るよりも後のメンテもいいといわれたので迷いもなく丸刈りに。この経験は意外と多々ネタにできた→男子は丸刈りにすれば朝の時間とかもラクなんだぜ、知ってるか?的なドヤ顔に対し、私も丸刈りにしてたから知ってるよー的な受け答えができたり、その一方で闘病による剃髪でしんみりする気持ちも当然わかるのでいい経験でした。

  そんなわけで、手術当日、麻酔ガスで麻酔をかけました。朝10時頃から夕方まで6時間以上かかったはず。目がさめると青い帽子とマスクをした両親がいました。私自身も酸素吸入のマスクをしており、息苦しい。のでそれを外したいと主張したのですが、当然ダメw諦めて両親をなんとなく見送り、またウトウトしました。

  次に起きたら真っ暗な中、頭上だったか足元だったか、目を動かせば見えるところにネオン的にチカチカ光るICUの全体管理モニターがすぐそばに。違う方に視線をやっても眩しく、意識が朦朧とする中、それを時々見ては気を紛らわすものの、手術前日からの絶飲食で丸一日何も飲まず食わずでとにかく喉が渇いていて、看護婦さんを何かしらの方法で呼んで(体を動かせないのに、どうやって呼んだんだろう?ボタンがあったのかな?)喉が渇いたと主張するも朝になったら水分は採れるからそれまではダメだと言われる。しかし、酸素吸入のマスクで唇もヒリヒリするし、時間は確か4時か、5時。このままでは眠れない、酸素マスク外したい、我慢できないと二度三度ごねてwやっと唇を少し湿らせていいという許可が出たようで、唇を少し湿らせてもらって生きた心地がして、それを舐めながらうつらうつら。次に目が覚めて6時半ごろ?テレビを持ってきてもらえたので土曜の朝のアニメ(昔のアニメの再放送?)を見たはず。

  で、朝8時半くらいになったら親の待つ個室へ移動。ぐい飲み(急須状の器の口の部分にスポイトのような飲み口がついているもの)でまずは麦茶から。で、昼か夜かにはヨーグルトも食べ始めることができたはず。でもそのまえに体を少し起こしたときに気分が悪くて吐きかけたはず。イケると思っても無理はいかんです。

  その日はグダグダして過ごしたものの小学生の回復力はすごいもので翌日にはもうお腹減った等主張をはじめ、ぐんぐん良くなりました。

  一方、驚いたことは多分2日目か3日目、耳が痒く、何気なく耳をかいたら、指先に真っ赤な血の塊が。思いがけないホラー(スプラッタ?)でしたが、頭の手術して耳にも血が入っただろうし、当然…だったのかはよくわからないものの、印象的な体験でした。

  一週間程度して立てるようになり、歩く練習。次第に長く、二週間くらいで日常生活に戻れた…と思うけど忘れたなぁ。手術してからはさして問題なく、経過順調で退院できた…はず。

  ただ、自分が頭の手術をする、という大きな出来事を小学校低学年では言葉でしか理解できていなかったため、1年ほど経ってから自分の頭蓋骨が一部陥没していることに気づき、手術部位がそこだったことも忘れておりw若干パニックになったことも一応書き残しておこうww←当時【アメリカンクラッカー】にハマっていた私は手が滑った拍子にアメリカンクラッカーが頭にあたり、めっちゃ痛くてたんこぶの有無を確認していたら、頭蓋骨が一部陥没しいているのに気づき、アメリカンクラッカーで頭が割れた!と本気で思って心配したのです。。

  予後としては特に何も問題はなかったものの、社会人になってやはり疲れてくると脳が腫れるのか手術痕が多少痛んだり、またその痛みが発作時の痛みと若干似ているため、疲れがたまって頻発するとまた発作が起こるのではないかと不安を感じることはあります。そのため、やはり定期的に何らかの脳ドッグなどでチェックしてもらいたいなぁと思いながら、すでに30年経ちました。なので、私の場合は手術をして、モヤモヤ病はあっさり解決した…と言えるはずです。そしてその一方でやはり将来的なことを考えると脳卒中脳梗塞には備える必要がありそうだと感じながらもどうすればいいのか考えあぐねているところでもあります。まあ、やっぱり脳ドッグや精密検査を受けて相談するのが一番なんだろうなぁ。。

  ちなみに『モヤモヤ病』も遺伝傾向がある病気のようなので(多くの病気がそうであるように)子どもにも大きくなったら母親の病歴を伝えて、生きていく上でのヒントにしてあげられるといいなと思っています。

  さて、うまくまとめられませんでしたが、重くてまとまりのない長文を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。『モヤモヤ病』はあまり一般的ではない病気ですが、それなりにいろんな方に見知っていただき、小さな子供の脱力があった場合、重篤な症状が出る前に医師に相談いただけるようになるといいなと感じています。

 そんなわけで。最後までズブズブだった感もありますが、そろそろ私も寝ます。皆さんにも楽しい明日が訪れますように。おやすみなさいませー★

  

30年前、小学生で『モヤモヤ病』だった私 【導入編】

 こんばんわ、ura_love_JPNです。ゴールデンウイークが終わってしまい、仕事が忙しくてヒイヒイ言っていますが、アクセス数が急に安定して→先月やっとアクセス数が100を超えたと思ったら、今月もうすでに150オーバーしており、日々二桁近くアクセスいただいており、嬉しい限りです。自分の独り言、考え事、経験に興味を持ってもらえると素直に本当に嬉しい。ひとかどのニンゲンとして頑張れている…気がする。(自信はないけど)

 …というわけでここが踏ん張りどころwなはずなので更新頑張ります!

  で。とりあえず先に話をしていた『モヤモヤ病』を話をしようかなぁと。

 

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   先日検索をかけてみた(エゴサーチ?)   ところ、やはり『モヤモヤ病』はまだあまりブログになっていなかったようなので、30年も前の経験ながら、何かしら情報を求められている方の役には立てるかなと思ったので書いてみることにします。


  知る人は知っている病気、『モヤモヤ病』。歌手・徳永英明氏がこの病気で、一昨年手術をした、ということで先のムンプス難聴がドラマで出てきた時と同様「あ、私と一緒じゃん」と思って(以下略)…はい、ミーハーですみません。

  当然医者ではないので簡単な説明になりますが、モヤモヤ病は通常比較的太くあるべき血管が毛細血管様になってしまい、泣いたり強い呼吸で血流が阻害され、酸素不足になると手足などの末端への酸素供給が滞り感覚が麻痺してしまう…という病状の説明でいいはず。脳外科手術により毛細血管様になっている部位を太くするバイパス手術を行うことで寛解される場合も多いものの、場合によっては脳機能障害が伴う場合がある。また低年齢でのモヤモヤ病と、成人後のモヤモヤ病では症状が異なり、低年齢では手足の麻痺などの症状が多い一方、成人後のモヤモヤ病では脳障害を伴う場合が多い様です。(詳しくはググってください)

 私がモヤモヤ病で手術をしたのは小学校低学年です。が、自覚症状があったのは保育園、おそらく年中くらいから。そのころから泣くと頭がキーンと痛くなり、手足に脱力が起こり、力が入らないという症状がありました。一方、しばらく座り込んでいると徐々に感覚が戻ってくるので一休みしたらまた遊ぶ、ということを繰り返していました。ムンプス難聴と同様でそれがフツーだと思っており、それがみんなと違うということは意識したことがなかったです。
   脱力については、小学校高学年くらいで流行る『脚カックン』(→棒立ちになって他に意識の向いているときに後ろから不意に膝を曲げられるあの遊び、で通じる…か?)の支えられない感じがずっと続く…というとイメージしてもらいやすいはず。で、一回床についたら立ち上がれない。何かにしがみついても立てない、支えられない。私の脱力感はそういうものでした。

  上記のような説明をしていたので、私のモヤモヤ病は脚カックンが続くなんとなくみっともないイメージだったのですが、今にして調べると、脳梗塞脳出血にもつながる危険な状態だったとわかり今更ながらゾッとしています。その頭痛→脚カックンのサイクルの中で、脳の血流障害がひどい場合、様々な機能障害が出る場合もあり、現在は難病指定となっているようです。難病指定された病気に診断されると国からの補助が出るよう。←徳永英明氏の手術時に検索して学びました。

 その他にも私の自覚のあった発症事例としては、
・熱いラーメンを息を吹いて冷ました
・ハーモニカを吹いた←てきめんに頭痛、脱力
というのもありました。ラーメンを冷まして頭痛が始まって、脱力したときにはこんなことでこれが起こるのか?!と愕然としました。ちなみハーモニカはダメでしたが、鍵盤ハーモニカは(私は)大丈夫でした。

  なお、私が小学生だった30年近く前は小学一年生でハーモニカが吹けることが音楽のテストになっていたこともあり、練習をしなければいけないのがとにかく辛かった。子供ながらに頭が痛くなると脱力するパターンがわかってきていたので、頭が痛くなるまで吹かないをモットーに練習したり、やりすぎて脱力したり。肝心のテストの時はそれこそ30秒くらいだったはずでその前後にハーモニカを吹きさえしなければ私は凌げたので、よかった。(ただ、確かテスト終了後皆で合奏しようというまとめがあり、途中で頭が痛くなって吹く真似をして凌ぎ、吹いてなかっただろーとクラスメイトに指摘されたような、されなかったような。)

  また、大泣きをすると頭が痛くなり、脱力し、死にそうだと感じていたので、声を上げずに泣く、ことをよくしていました。今でも声をあげずに泣くのは得意っす!

    そんな泣くと脱力する少し異常な状態が続いたため 、いよいよ大病院での検査が始まり、1ヶ月半程度の予定で検査入院及び手術をすることが決まりました。

 

 またすぐに投稿しますが、今日はこんな感じで導入終わり。きちんと書くと結構ディープだわね。需要はあるかわからないけど、次回は入院+手術/その後の体験つらつら書きます。

 なお、一連の記述はあくまで私の30年前の体験のため、話半分で読んでいただければと思います。

  ではでは、ひとまずおやすみなさいませー。